てんかん学分野・てんかん科 ようこそ

デジタル社会:携帯カメラで発作診断(2010.09.08 中里信和)

画像:iPhoneG4

【原文】

The key in recording an event, from a medical perspective, is to capture evidence of focality such as head or eye deviation or limb posturing, since these features will help to differentiate seizures from other causes of loss of consciousness.

【意味】

意識消失発作が,てんかんによるのか,てんかん以外の原因によるのかを鑑別する上で医学的に重要なのは,発作における頭部・眼球の回旋や,四肢の姿勢などから,脳の局所症状の証拠をつかむ点にある.

【説明】

ランセット(Lancet)は医学では最も権威のある雑誌のひとつです.この論文はたった半ページですが,てんかん診断において携帯カメラが重要な役割を果たした事例を紹介しています.

それまで健康だった28歳の男性が,突然「おかしな気分」を自覚したあと意識を失いました.偶然に居合わせた友人が携帯電話のカメラを使って,その時の様子を動画として撮影したのです.しかも,いろいろな角度にカメラを動かしながら.動画をみた著者は,頭部と眼球の左への回旋や左上肢の姿勢は,脳の局所症状をもつ「てんかん発作」に特徴的である,と診断しました.その後の脳波検査で,てんかん性異常波も確認されました.

一般的に,意識を失うような発作では,患者さん自身が自分の発作について医師に説明することは困難です.周囲の目撃者も,気が動転してしまい,あとで発作時の様子を正しく伝えることは難しいでしょう.こうした時に,すでに世の中に普及している携帯電話のカメラ(動画)が役にたちます.

以前から私も,患者さんの家族にこう話しています.「カメラや携帯の動画モードでの撮影に慣れておいて下さい.発作の時には撮影して持ってきて下さいね」 撮影のポイントは発作にもよりますが,まずは全体像.意識があるのかないのかの判定が大事ですから,撮影しながら患者さんに話しかけてみるなども役立ちます.全体像と意識の有無がつかめたら,眼球の動き,顔の様子などが大切です.手足の動きはあまりカメラを拡大せずに,四肢の全体像として撮影する方が良いですね.

ちなみに,この論文の締めくくりの文章は,「百聞は一見に如かず(One picture is worth a thousand guess)」でした.

【出典】

Zeiler SR, Kaplan PW: Our digital world: camera phones and the diagnosis of a seizure. Lancet 373: 2136, 2009(新しいウィンドウで表示)

そうそうそれです.そんな発作です!(2010.09.07 岩崎真樹)

画像:panayiotopoulos

【原文】

”That’s it!” phenomenon

【意味】

「まさにその通り!」現象

【説明】

発作の様子や症状を言葉で伝えるのは,たとえそれを目の当たりにしたとしても難しいものです.ひとこと「けいれん」といっても,てんかん発作によるものだったのか,ただの「震え」だったのか,たとえお医者さん同士であっても正しく伝わらない場合があります.

この Panyiotopoulos の教科書は病歴を取るうえで大事なコツをいくつも述べていますが,その一つに「発作のビデオを見せる,身振り手振りでマネをしてみせる」というのがあります.「目はどっちを向いていましたか? 手はどんな風に動いていましたか?」といろいろ聞くよりも,代表的なてんかん発作のビデオを見てもらえば,「ああ,そうそう.まさにこんな感じだったんです!」と,一発で患者さんのてんかん発作が分かることがあります.これを ”That’s it phenomenon” (「まさにその通り!」現象)と言います.

てんかん発作をよく知っている医師であれば,発作のマネをしてみてどれに似ているか聞くのも有用です.その逆もありで,発作を見たひとにマネをしてもらえば医師はそれがどのような発作なのか,すぐに納得できることがあります.

【出典】

Panayiotopoulos CP. General aspects of epilepsies. In Panayiotopoulos CP. A Clinical Guide to Epileptic Syndromes and their Treatments. 2nd edition. Springer-Verlag London, 2007(新しいウィンドウで表示)

新しい抗てんかん薬を,最初から使う(2010.09.06 中里信和)

画像:mortar

【原文】

We would consider lamotrigine or levetiracetam to be preferred options for initial treatment in this patient; as always, this recommendation should be predicated on individual patient characteristics.

【意味】

この患者さんの最初の治療薬としては,ラモトリギンやレベチラセタムが望ましい.当然のことながら,どの薬が良いかは,ひとえに患者の個々の状況により判断されれるべきである.

【説明】

ラモトリギン(すでに使用可能)とレベチラセタム(国内では近日発売予定)は,抗てんかん薬としては最近登場したばかりです.これにガバペンとトピラマートを加えると,過去5年の間に4種類の飲み薬が日本でも使えるようになりました.これまで日本では,諸外国に比べて新しい薬の認可が遅い,いわゆるドラッグ・ラグという問題がありました.一般的に,新しい薬は古い薬よりも,てんかんを抑える力が強く,適用範囲が広く,さらには副作用が少ないという利点があります.患者さんには飲みやすく,医師にとっては処方しやすい薬なのです.

この論文ではある患者さんの病歴を紹介して,こういう時にはどの薬を選びますか,という「考え方」について述べています.患者さんは29歳の女性.ある日,ベッドの上でおかしな音をたてたため,隣室にいた夫がかけよると意識を失い,さらに数分間は,もうろう状態にあった,とのことです.1ヶ月前にも目撃者は不在でしたが似たような発作があったらしく,舌を噛んで筋肉痛の状態で徐々に目が覚めた,とのことでした.脳波やMRIでは異常は認められませんでした.こうした患者さんの診断分類をどうするか,という設定の論文で,病型を決められないので,比較的どんなタイプのてんかんにも有効性のある薬,という理由と,将来の妊娠の可能性や,避妊用のピルを服用するかもしれないという背景から総合して,新しいラモトリギンやレベチラセタムの方がお勧めである,としています.

しかし残念なことに,こうした新しい薬を最初から患者さんに使うことは許されていません.現在の日本の医療制度のとりきめでは,既存の薬で発作が抑制されない場合にかぎり,第二・第三の薬として新しい薬を追加(アッド・オン)してよい,とされているのです.患者さんのためにはベストの選択であっても,この論文にあるように,最初から新薬を使うことは日本では禁止されています.

では,てんかんの患者さんに最初に使うべき薬は日本ではどのようになっているでしょうか.ガイドラインでは細かく定められていますが,おおざっぱに整理すると,局在関連てんかんにはカルバマゼピン,全般性てんかんにはバルプロ酸が第一選択となっています.カルバマゼピンもバルプロ酸も,なくてはならない良い薬です.てんかん専門医であれば,この二つの薬をうまく使い分けて多くの患者さんを幸せにしてあげることができます.私も標準的には,この2剤の使い分けで,治療を開始してきました.しかし,使う側の医師の立場からみると,カルバマゼピンもバルプロ酸も注意すべきことが多数あります.てんかんに詳しい専門医が,きちんと病態診断を行った上で,さらには患者さんのおかれた生活環境や合併症の有無などを考えたうえで処方するには大きな問題はありませんが,もし一般医が,詳しい病型分類を行わずに,たんに「てんかんだから」という理由だけで処方したとすれば大問題です.

日本では国全体としての医療費の削減が大きな課題となっています.古い薬は安く,新しい薬は高価ですから,最初に安い薬から使って下さい,というのは医療経済的には正しいのかもしれません.しかし,患者さんの発作が消えない場合や,発作は抑えられていても薬の副作用にお悩みの場合には,新しい薬が役に立つかもしれません.こうした患者さんは,主治医の先生に相談してみることを勧めます.もし主治医が,新しい薬にあまり詳しくないようでしたら・・・ 別の専門医を紹介してくれるよう,お願いするの良いかもしれません.

【出典】

French JA and Pedley TA: Clinical practice. Initial Management of Epilepsy. New Eng J Med 359: 166-176, 2008(新しいウィンドウで表示)

4剤併用は,医学の知識を超えた領域(2010.09.03 神 一敬)

画像:four leave

【原文】

There are no controlled studies of patients taking more than four drugs and very few of patients taking three. Any patient on more than four drugs is beyond medical science.

【意味】

4種類以上の薬を飲んでいる患者についての比較対照試験はこれまでに行われたことはなく,3種類の薬を飲んでいる患者についての試験もほんのわずかしか行われていない.4種類以上の薬を飲んでいる患者は医学の知識を超えた領域にいるのである.

【説明】

「抗てんかん薬は単剤(一種類だけ服用)が理想的」とは,どの教科書にも書いてあることです.しかし,発作を抑制しにくい「難治性てんかん」の場合,抗てんかん薬を2種類以上あわせて使うことがしばしばです.これが多剤併用治療です.これまでの報告によれば,1種類の抗てんかん薬の内服(単剤治療)のみで発作がなくなる患者さんは約70%と報告されています.残りの約30%は多剤併用治療を行う必要があります.

近年,多剤併用治療を合理的に行うためには,以下の事項が勧められています.(1)作用機序の異なる抗てんかん薬を併用する.(2)類似の副作用をきたす恐れのある抗てんかん薬の組み合わせは避ける.(3)他の薬との間に重大な薬物相互作用を引き起こす恐れのある抗てんかん薬の併用を避ける.

とはいえ,基本的に薬の種類が少ないに越したことはありません.2剤,3剤併用までは考慮されるとしても,4剤以上となると併用により薬がお互いの足を引っ張り合って,かえって治療に支障をきたす場合もあります.可能なら薬を新たに1種類追加した後は,もともと飲んでいる薬の中から,あまり効いてそうにないものをやめて,薬の数が増えることのないようにするのが理想的です.

【出典】

画像:maedor

Meador CK: A Little Book of Doctors’ Rules. Hanley & Belfus, Inc. 1992(新しいウィンドウで表示)

「異常なし」は,正常とは限りません(2010.09.02 岩崎真樹)

【原文】

In epilepsy, “normal” and “abnormal” are diagnoses that require certainty: “suspicious” is equally important and different.

【意味】

てんかんでは「正常」と「異常」は確信に基づいた診断である.「疑わしい」も同じく重要であり,確固とした意味を持つ.

【説明】

てんかんの原因となる異常,特に皮質形成異常と呼ばれる病変は,MRIでもごくわずかな変化にしかみえないことがあります.そのため小さな異常は見逃されることがしばしばです.一度正常と判断されたMRIでも,他の検査で疑われた場所に再度,的をしぼって注意深く観察してみると,わずかだけれども明らかな異常を発見できることがあります.

「正常」と「異常」の二分法は十分ではなく,「疑わしい」とする所見も立派な診断.それが,さらなる検査の引き金となり,確信のある診断に至ることがあるのです.過去何年にもわたってMRIが正常といわれてきた患者さんがいましたが,発作の症状から疑われる場所をよくよく観察したところ.とても小さな形成異常が見つかった経験があります.その患者さんは脳波もほとんど正常でしたが,外科手術を行なっててんかんが良くなりました.安易に「正常」とは決めつけないで,常に疑いをもって正しい診断へのヒントを求める姿勢が大事です.

この文はMRIだけではなく,てんかんの診断全般にわたって大事なポイントを述べているといえます.

【原著】

画像:engel

Jackson GD and Kuzniecky RI. Structural Neuroimaging. In Engel J, Pedley TA, eds. Epilepsy: a comprehensive textbook. 2nd edition. Lippincott Williams and Wilkins, 2009(新しいウィンドウで表示)

パイロット候補に脳波検査は必要か?(2010.09.01 中里信和)

画像:pilot

【原文】

The use of EEG as a screening tool in pilot candidates has been abandoned in the United States, Canada, and Australia, but it continues in many countries in Europe and Asia.

【意味】

パイロット候補者に対する脳波のスクリーニング検査は,アメリカ,カナダ,オーストラリアでは中止されたが,ヨーロッパやアジアの多くの国々では続けられている.

【説明】

脳波検査において,てんかん患者さんで発作のない時間帯にも認められる異常波としては,棘波(スパイク)や鋭波(シャープ)などがあります.こうした突発波は健康な人にも出現することがあるので,病歴なしに脳波だけで,てんかんの診断を確定させることはできません.

さて,パイロットの候補者や訓練生に脳波検査を行った場合に,こうした突発性異常波が検出される率は,報告によっても異なりますが,だいたい 0.5% から 1.0% 前後で,高々 2.0% まで,とされています.ある研究によれば,飛行機の乗務員のクルーでこうした脳波異常を持っている人を10年間追跡調査したところ,てんかん発作を起こした人の割合が20人に1人,あるいは4人に1人とのことです.しかし,どうやらこうした論文は追跡調査した人たちの選び方に問題があったようで,実際にはパイロットがてんかん発作を起こす確立はこれほどは高くないそうです.

航空機事故の調査によると,事故原因がパイロットの意識消失によるものは1%未満とのこと.さらに,意識消失のすべてが,てんかんとは限らないはずです.もちろん,航空機事故の危険性を限りなくゼロにしたいという意味では,パイロット候補者に脳波検査を実施すべきという考えにも,一理はあるのかもしれません.しかし,最近の研究では,脳波異常のあったグループと,脳波異常のないグループでの航空機事故の発生率に有意差はないとされているようです.私の親族にはパイロットの候補生がおりますが,受験の際の身体検査はとても厳しくて,項目も多岐にわたっていたそうです.もちろん,その中には脳波やMRIがあり,精神科の医師による問診もあったとのこと.しかし,すでにアメリカ,カナダ,オーストラリアでは脳波の検査は中止されているのですね.

結局のところ,てんかんの診断で脳波は重要ですが,脳波がすべてではないのです.てんかんを疑う場合には,なんといっても発作や病歴のききとり,生活歴のききとりが重要になってきます.脳波だけで診断してはいけません.

【出典】

So EL: Interictal epileptiform discharges in persons without a history of seizures: what do they mean? J Clin Neurophysiol 27: 229-238, 2010(新しいウィンドウで表示)

発作はとまるが,とまらないのが重積(2008.05.05 中里信和)

【原文】

My definition (of status epilepticus) would be an epileptic seizure that exceeds its usual time course and becomes unlikely to end spontaneously because self-sustaining processes preveil over self-terminating mechanism. --- C. P. Panayiotopoulos, 2007

【意味】

てんかん重積の私の定義は「発作が続こうとする力が止まろうとする力に打ち勝ち,通常の時間経過を超えて持続して自然には終わりそうにない状態.

【説明】

「てんかん重積」という言葉よりも「けいれん重積」という言葉の方が有名ですが,けいれん以外の目に見えない発作も重積するので,「てんかん重積」の方がより広い病態を指すことになります.「大きな発作」の重積は生命の危険に直結します.「小さな発作」の重積は医師にも(専門医にも)気づかれずに,放置されてしまうことがあります.

「大きな発作」すなわち全般性強直間代発作の場合,これまでは30分以上持続するものを重積と呼んでいましたが,実際には5分以上の持続でも非常事態と考えるべきです.けいれんが持続していなくても,けいれん後の意識の回復をみないままに次のけいれんが2回以上繰り返されるようなら,もう立派な重積と判断して適切な治療を行う必要があります.ちなみに自然に止まる強直間代発作の時間(ガックンガックンする大きなけいれんが続いている状態)は小児では1-4分,大人では1-2分と言われていますから,これ以上なら救急車を呼ぶべきです.

画像:eeg

てんかん重積を放置すると,脳に障害をもたらします.てんかん重積の直接的な影響としては,神経細胞へのカルシウムイオンの取り込みが進んで,たくさんの神経細胞が死んでしまうことになります.けいれんが持続することによる間接的な影響もあります.呼吸障害による低酸素状態や,低血糖状態,脳圧が亢進した状態でも脳への障害が生じます.

ずっと以前,別の病院での悲しい事件を聞いたことがあります.全般性強直間代発作の重積状態をみた医師(神経系の専門的ではありません)が,けいれんを止めて人工呼吸器で呼吸管理をするために,抗てんかん薬(脳の異常活動を止める薬)のかわりに,筋弛緩薬(筋肉の動きだけを止める薬)を注射し続けたのです.けいれんが止まって機械で呼吸する一見して穏やかな状態ですが,脳の中では神経の興奮状態が止まるはずもなく,数日後には脳全体が萎縮してやせ細った頭部CTになってしまったのです.

画像:mri

けいれんを起こさない「てんかん重積」もあります.私が経験した患者さんで,自分で歩いて病院にやってきた50代の女性がいます.主訴は,なんとなく元気がない,というものでした.5年以上前に脳腫瘍の手術を受け,経過は良好で元気に生活をしていた方です.8日前に,けいれん発作で救急外来を受診していますが,けいれんはすぐ止まったので帰宅していたのです.しかし以前の元気がなく,ご飯を食べたりトイレに行ったりは自分でできるのですが,一日中,ぼんやりしている,との夫の話でした.脳波をとってみたらビックリ.右前頭部に20-30秒程度持続する異常な波が,繰り返し出現しているのです(大きな図).脳磁図という検査でみると,異常な活動の震源地は,以前に手術した右前頭葉の傷跡のそばに推定されました(小さな図).この患者さんは,右前頭葉という症状を出しにくい場所に限局して発作が持続していたため,症状が「ぼんやりしている」だけだったのですね.抗てんかん薬を使って重積は消失し,患者さんはもとどおりに回復しています.

【出典】

C.P. Panayiotopoulos: A Clinical Guide to Epileptic Syndromes and their Treatment (2nd Edition), Springer, 2007(新しいウィンドウで表示)

欠神発作と複雑部分発作の区別は楽?(2008.05.04 中里信和)

【原文】

Automatism, such as lip smacking or licking, swallowing, fumbling or aimlesss walking, are common (in typical absence seizures) and should not be taken as evidence of complex partial (focal) seizures, which require entirely different management. --- C. P. Panayiotopoulos, 2007

【意味】

定型欠神発作でも「自動症」は珍しくないので要注意.舌うち,舌なめずり,つばのみ,手のモゾモゾ,当てなく歩き回る,などの「自動症」があっても,ただちに複雑部分発作の証拠だとは決めつけないこと.定型欠神発作と複雑部分発作では,治療法はまったく違うのだから.

【説明】

欠神発作と複雑部分発作は,どちらも「小さい発作」に属します.てんかんの診断と治療には小さい発作が決め手になりますが,小さい発作の診断も簡単ではありません.

欠神発作と複雑部分発作の違いを知らない脳神経系の専門医(神経内科・脳神経外科・精神科など)はたくさんいます.どちらもまとめて「小発作」と呼んでいる医師も少なくありません(ちなみに医学用語としての小発作は欠神発作を指しますので,複雑部分発作は含まれません).

てんかん専門的であっても,この二つの発作を間違って診断します.私も間違ったことがあります! 今後も間違う可能性は大いにあると,自分自身に言い聞かせています.両者の違いを区別する表を,Panayiotopoulos先生の教科書から翻訳してみました.欠神発作と複雑部分発作では,治療法がまったく違います.たとえばバルプロ酸は欠神発作に有効ですが,複雑部分発作には通常使いません.欠神発作に外科治療はありえませんが,複雑部分発作では薬が無効な場合には適応がありえます.

【定型欠神発作と複雑部分発作の鑑別診断】
  定型欠神発作 複雑部分発作
症状のちがい
30秒以下の持続時間 通常 例外的
1分以上の持続時間 例外的 通常
非痙攣性てんかん重積 頻繁
毎日の発作 通常
単純な自動症 頻繁 頻繁
複雑な行動の自動症 例外的 頻繁
幻覚(単純+複雑) 例外的 頻繁
両側顔面のmyoclonic jerkや,閉眼 頻繁 例外的
他の部分発作への進展 ありえない 頻繁的
発作の突然の開始と突然の終了 通常 頻繁
発作後の症状 ありえない 頻繁
過呼吸による誘発 通常 例外的
光による誘発 頻繁 例外的
脳波所見のちがい
発作時の 3-4 Hz の全般性棘徐波 決定的な特徴 ありえない
発作間欠期の全般性突発波 頻繁 例外的
発作間欠期の局所的な異常徐波 例外的 頻繁
未治療時の正常脳波 例外的 頻繁

この表をじっくりと眺めていると,しめた,と思うでしょう.そうです! 発作時の 3-4 Hz の全般性棘徐波を見つけたら,例外なく定型的欠神発作です.複雑部分発作では絶対に出現しないのです.とはいえ, 3-4 Hz の全般性棘徐波と紛らわしい,ちょっと不規則な脳波所見もありますから,脳波に詳しくない方は,安易に飛びつかないようにしましょう.

【出典】

C.P. Panayiotopoulos: A Clinical Guide to Epileptic Syndromes and their Treatment (2nd Edition), Springer, 2007(新しいウィンドウで表示)

ワダテスト事始.日本生まれの検査法(2008.05.03 中里信和)

【原文】

Looking back on the miserably deprived period of my motherland following the Second World War, I now see conceptualization of the carotid amytal injection 60 years ago as a reflection of a resilient life - one initially saved by a fluke , and then engaged in youthful exploration that resulted in a contribution that has ultimately matured to stand the test of time --- Juhn A. Wada, 2008

【意味】

母国日本の荒廃した戦後の時代を振り返りつつ,アミタールを頚動脈にはじめて注入した60年前を思う.この方法が臨床検査法として概念化されていく過程は,ひとつの人生が回復していく過程を映し出す鏡のようだ.最初はまったくの偶然による産物.これが若き時代の研究生活へとつながり,ついには成熟して時代から評価を受けるまでになったのだ.

【説明】

てんかんの手術前に「ワダテスト」と呼ばれる検査を行う場合があります.和田淳先生が北海道大学に在籍中に発明した検査法ですが,1955年に和田先生ご自身が,モントリオール神経研究所に紹介してから世界中に広がりました.日本語の雑誌には1949年に発表されています.一般名は「頚動脈アミタール検査」ですが,海外では「ワダ」のひとことで通じます.

アミタールは麻酔薬で,作用時間が短いのが特徴です.左か右の頚動脈に注入すると,注入側の脳が一時的に眠ります.左の脳が眠ると右半身が麻痺しますし,右の脳が眠ると左半身が麻痺します.多くの人では言葉を司るのは左の脳ですから,左のワダテストの時のみ言葉が理解できなくなる症状が出現します.この検査によって,患者さんの言語野が通常の左にあるのか,あるいは稀な右側にあるのかが判定できるため,言語野に近い場所の手術を行う前に役立つ情報が得られるわけです.この検査法は現在でも使われており,日本人としては大変に誇らしいですね.

最初の方法では頚動脈に直接針をさす方法だったのが,最近はもっと安全な場所からカテーテルを注入する検査に変わっています.それでも危険性はゼロではない検査のため,最近では「ワダテスト」にかわる安全な検査がないかと,多くの研究者が成果を発表しています.磁気共鳴画像(MRI), ポジトロン断層撮影(PET), 脳磁図(MEG), 近赤外光(NIR)などを用いた方法ですが,まだ「ワダテスト」ほどの決定打にはなっていません.

国際てんかん連盟の機関誌 Epilepsiaの最新号では,手術前診断法としての「ワダテスト」を評価する意見がまとめて掲載されています.ここでは「ワダテスト」そのもののメリットとデメリットの比較や,他の検査の信頼性について述べられていますが,一番最後の記事が,和田先生ご自身による「ワダテスト事始め」の文章でした.表掲した文章はそのしめくくりのものです.

軍医見習いだった和田先生は,終戦後に北海道大学医学部精神科での研究生活に入ります.精神科の治療に使われていた電気ショック療法による痙攣を防ぐために,和田先生はアミタールの使用を思いついたと記しています.アミタールは札幌にあったアメリカ軍基地から譲り受けたものだそうです.和田先生は,アミタールの頚動脈注入は運命の出会いだが,まぐれ当たりである,とも謙遜されています.しかし,先生がここにたどりついた過程をみるに,私は必然性を感じます.この方法を発見したあとにも,実際にご自分でも研究をすすめて検査法として確立したのは素晴らしい業績だと思います.

和田先生はバンクーバーのブリティッシュコロンビア大学で後進の指導にあたられています.ご夫婦で仙台にいらっしゃった時には,私も一緒に食事をする機会を得ることができました.いつも蝶ネクタイを締め,穏やかに話される紳士ですよ.

【出典】

Wada JA: A fateful encounter: Sixty years later - reflections on the Wada test. Epilepsia 49: 726-7, 2008(新しいウィンドウで表示)

誤解が偏見を生む.クウェートの場合(2008.04.29 中里信和)

【原文】

The majority of the negative attitudes were associated with the misunderstanding of epilepsy--- A. Awad & F. Sarkhoo, 2008

【意味】

てんかんに対する偏見のほとんどが,てんかんに対する誤解にともなって生じている.

【説明】

クウェートの国民が,てんかんをどのようにとらえているのか,アンケートの結果をまとめた研究を紹介します.クウェートが特別ではなく,日本も同じ,と言いたいのです.

クウェートには5つの県があり,アンケートはすべての県で面接によって実施されました.784名からの回答が得られています.

てんかんという病気を知っている人は,97.6%.有名な病気,ということですね.このうち51.8%が,てんかん患者を具体的に知っている,と答えました.56.4%の人は,実際の発作を目撃した経験を持ちます.

45.9%の人は,てんかんが遺伝病だと信じています(誤解!).

60.4%の人は,全身性の強直間代発作こそが,てんかん発作のすべてだと考えています(誤解!).小さい発作が,てんかんの診断と治療方針の決定に重要であることは,私のウエブサイトでも何度も取り上げていますね.たとえば,「小さな発作を,見逃していませんか?」(2008.01.27)など.

88.3%の人は,大きな発作の場合,口に物をはさんで,舌をかむのを防ぐことが大切だと信じています(誤解!).これはかえって危険だということは,私のウエブサイトでも取り上げています(「舌を守ろうと,口に物を挟むのはダメ」(2008.03.02).

57.1%の人は,薬物治療だけが,てんかんの治療法だと信じています(誤解!).手術でなおる場合があることを知らない,ということですね.もっともこれは,医師でも知らない人がいるくらいですから,困ったものです.

てんかん患者さんと,握手をしたくない人が16%,一緒に働きたくない人が24.8%,結婚したくない人が71.6%,仕事に雇いたくない人が45.2%.これも日本人の平均的な考え方に近いかもしれません.てんかんをもつ女性が子供を産むことに反対する人が56.3%,自分の子供が,てんかんの子供と遊ぶのに反対の人が27.7%.こうしたネガティヴな考え方が,多くの患者さんを苦しめているのです.てんかんという疾患に対する知識があれば,この数字はもっともっと低くなると思うのですが.

最後の数字は,50.2%の人たちが,てんかんは精神病だと考えているのだそうです(誤解!).もっとも,日本の法律・制度の上でも,てんかんはいまだに精神疾患に組み込まれていますから,クウェート人の偏見ばかりを責めるわけにはいきません.

【出典】

Awad A and Sarkhoo F: Public knowledge and attitudes toward epilepsy in Kuwait. Epilepsia 49: 564-72, 2008(新しいウィンドウで表示)