てんかん学分野・てんかん科 ようこそ

難治性てんかんでも,あきらめないで(2008.2.3 中里信和)

【原文】

... no matter how many antiepileptic drug therapies have failed, there is always hope of a meaningful seizure remission in this population. --- B. C. Callaghan et al. 2007

【意味】

(難治性てんかんの成人例で)たとえ何種類の薬が効かなかったとしても,まだ希望を捨ててはいけません.そのあとで発作が抑制される人たちもいるのです.

【説明】

この研究では,過去に2種類以上の抗てんかん薬を使いながらも発作が月1回以上ある246名の患者さん(平均年齢40歳)を対象とし,3年間の追跡調査を行いました.

その結果,半年間発作なしで経過した患者さんは全体の19%ありました.手術を除き薬物療法のみに絞っても14%の症例では少なくとも半年間は発作がありませんでした.

逆に発作が消えにくい人たちとしては,過去に痙攣重積(発作が何度も連続して起きる状態)のあった例,薬が効かなくなった年齢が若い例,これまで効かなかった薬の数が多い例,精神発達遅滞のある例,があげられました.

希望のもてる研究結果ですが,注意してほしいのは,治療(薬や手術)なしで自然に治癒するわけではない,という点と,とりあえず半年間発作が無かったという意味なので再発する可能性もある,という点です.

てんかんの本や教科書には,「発作が消失したら薬を徐々に減らして中止できるか試してみましょう」という記載がありますが,成人ではあてはまらないと考えた方が良いです.たしかに良性の経過をたどる小児のてんかんでは,成人になってから薬が中止できる例もありますが,成人になってから発作が続いていた場合には,たとえその後に抗てんかん薬で発作が抑制されていても,薬を中止するのは危険です.成人のてんかんで薬の中止を考えるとすれば,てんかんの診断そのものに疑問がもたれる場合,手術によって発作が消失し一定期間がたった場合,などに限られますから,主治医とよくご相談下さい.

とはいえ,この研究は希望が持てますね.何年も発作がとまらず,何種類の薬を試してきた方でも,その後に発作なしで生活できる可能性があるのですから.

日本の場合はもっといいニュースがあります.これまで海外では有効性が高いことが認められて標準的に使われていた薬が,ようやく最近,厚生労働省の認可を受けて使えるようになってきたからです.あたらしく使える薬としては,ガバペン(商品名ガバペン),トピラマート(商品名トピナ)などがあり,近々認可が見込まれる薬としては,ラモトリギンや,レベチラセタムなどがあります.こうした薬剤を使えるとなると,この研究で示されている数値よりももっと高い割合で,患者さんの発作を消すことができるのではないか,私はそう思っています.

それから忘れてはいけないのが手術治療です.全部のてんかんを手術でなおせるわけではありませんが,薬が効かない局在関連てんかんであれば,手術治療を検討すべきです.てんかん外科の治療成績には特筆すべきものがありますよ.

私の経験では,たとえ手術に至らなくとも,手術治療を検討することは意義のあることだと思います.よその病院から,手術でなおりませんか,と患者さんが紹介されてきますが,患者さんを診察したり検査してみると,これまでの診断が不完全だったり薬があわないだけだったり,という場合が少なくありません.紹介する側の医師も紹介された患者さんや家族も,手術を受ける気持ちでやってくるのですが,薬をちょっと変更しただけで発作が消えてしまう人もいるのです.

とにかく,てんかんをあきらめないこと.これが大事な結論です.

【出典】

Callaghan BC, et al. Likelihood of seizure remission of adult population with refractory epilepsy. Ann Neurol 62: 382-9, 2007(新しいウィンドウで表示)

全般性てんかんなら,まずバルプロ酸(2008.2.2 中里信和)

【原文】

Valproate is one of the most effective broad-spectrum AEDs for all types of seizures and epilepsies. It has superior efficacy in all types of generalised seizures ... However, valproate is far inferior to carbamazepine and other newer AEDs in the treatment of focal epilepsies. --- C. P. Panayiotopoulos, 2007

【意味】

バルプロ酸(VPA)はあらゆる発作やてんかん病型に有効性を持つ.特に全般性発作への有効性は高いが,部分(局在関連)てんかんに対しては,カルバマゼピン(CBZ)や最近登場した薬剤に比べて,はるかに劣っている.

画像:phenytoin

【説明】

私見ですが, バルプロ酸(VPA) は日本でもっとも普及している抗てんかん薬だと思います.商品名として,デパケンR,セレニカR,バレリンなどが有名です.

私が医者になった頃は,てんかんだったらとにかくバルプロ酸,という程の高い人気をほこっていました.先輩のある医師は「オレは抗てんかん薬は全部バルプロ酸に決めてるよ.商品名なら四文字だから,他の抗てんかん薬より少ない文字数だから,忙しい時にすぐ書けるもん」と話してくれました.その後,私の講演を聞いてから「そうか,局在関連てんかんなら,バルプロ酸を最初に処方してはダメなんだな」と,理解してくれました.

逆に全般性てんかんならば,よく効く薬なので,きちんとした診断がついていれば,バルプロ酸からはじめるのが普通です.

ここでお医者さんに言っておきたいのですが,全身痙攣イコール全般性てんかんではありません.全身痙攣といわれて運ばれてきた患者さんの中には,真の全般性てんかんも含まれてはいますが,局在関連(部分)てんかんの二次性全般化発作である場合も少なからずいるのです.発作病歴をよく調べて部分発作の兆候がないかどうか確認する必要がありますし,脳波検査は必須です.全身痙攣だからといって,すぐにバルプロ酸を処方せぬよう,よろしくお願いいたします.

さてバルプロ酸は,各種てんかんに効くだけでなく,てんかんに伴う性格行動障害や,てんかんとは無関係にも生じる躁病や躁状態にもよく効きます.

副作用も比較的少なく安全域も広いので,とても使いやすい薬です.めったにありませんが,肝臓への重篤な障害や,高アンモニア血症をともなう意識障害が生じる場合もあります.

生命に直接かかわる副作用ではありませんが,デパケンによる体重増加は有名です.食欲が増すためと考えられており,特に小さい子供さんによく見られます.薬の注意書きには,規則正しい食生活を守りましょう,などと書かれていますが,ちょっとこれでは甘いかな.

もうひとつ重要なこと.妊娠した場合に赤ちゃんに影響の出る可能性が,他の多くの抗てんかん薬に比べて高めであると言われています.神経管閉鎖不全といって,脳や神経系の異常が1-2%の危険度で出現すると言われています.妊娠可能な年代の女性は,葉酸を一緒に服用することによって,神経管閉鎖不全の発生を減らすことができると言われています.

教科書やインターネットの情報,あるいは今でも何人かの医師は,バルプロ酸(あるいは他の抗てんかん薬)を服用する場合には妊娠してはいけません,と断言している場合もあります.しかし,最近の考え方としては,たとえバルプロ酸(あるいは他の抗てんかん薬)を服用している場合でも,それが母体の発作を減らす上で必須の薬剤なのであればもちろん継続し,なおかつ妊娠・出産に対しても否定的になる必要はない,とされています.注意事項を守る必要はありますが,妊娠・出産という人生に多くの幸せをもたらすであろうことを,最初からアキラメることはないのです.

大事なので繰り返します.

妊娠可能な女性がバルプロ酸(あるいは他の抗てんかん薬)を服用する場合には,必ず葉酸も一緒に処方してもらって下さい.

【出典】

C.P. Panayiotopoulos: A Clinical Guide to Epileptic Syndromes and their Treatment (2nd Edition), Springer, 2007(新しいウィンドウで表示)

妊娠可能な年代では,葉酸を毎日補充(2008.2.1 中里信和)

【原文】

Women with epilepsy should, as should all women of childbearing age, take folate supplementation. --- M. S. Yerby (2007)

【意味】

てんかんをもつ女性は,葉酸をサプリメントとしてとること.これは,妊娠可能な年代のすべての女性にもあてはまる.

【説明】

画像:folate

葉酸は胎児の発達に大切なビタミンで,もし不足すると,神経管閉鎖不全とよばれる脳や脊髄の奇形が出現します.  葉酸は,読んで字のごとく,葉っぱの中に含まれているので,通常はバランスの良い食事で大丈夫そうにも思います.しかし,バルプロ酸やテグレトールなどの一般的な抗てんかん薬を服用している妊婦の場合,胎盤での葉酸の通過障害がおこるため,赤ちゃんには葉酸が十分に届かなくなってしまうのです.このため妊婦は,ふだん必要な量よりもたくさんの葉酸をとっておかないと,赤ちゃんには葉酸が不足するという理屈になるわけです.

しかも,葉酸の代謝はとても早いため,食べおきが効きません.前日食べた葉酸は翌日には消えている,と考えてよいほどです.ですから,毎日,葉酸を補充しなければなりません.

しかもしかも,胎児が葉酸を必要とするのは妊娠初期の段階です.女性が妊娠に気づき始めたころには,赤ちゃんの神経系はどんどん作られていますので,葉酸が不足している状態は危険です.

つまり,てんかんをもち,妊娠可能な年代の女性の場合には,妊娠する前から毎日ずっと,葉酸をサプリメントとして補充し続けなければならないのです.

ではいったい,葉酸をどのぐらい補充すればよいのでしょうか.

疾病予防に関するある専門機関(Centers for Disease Control and Prevention)の指針によると,葉酸は毎日 400マイクログラム必要とされています.しかし,抗てんかん薬を服用している場合は,通常に比べて葉酸の代謝が障害されているわけですから,400マイクログラムでは足らないことになります.

実際にどのぐらいの量をとれば良いのか,という科学的根拠はまだ出ていませんし,葉酸さえとっていれば大丈夫という根拠もありません.

とりすぎに関する心配は通常ありません.葉酸は水溶性なので,過剰に摂取しても腎臓から尿として排出されるために,副作用を心配する必要は限りなくゼロに近いと言われています.大切なことは,葉酸をサプリメントとして,毎日服用することです.抗てんかん薬と同様に,一日でも飲みわすれてはいけません.妊娠のタイミングは神様が決めることなので,妊娠する予定の有無にかかわらず,常に服用していることが大事です.

あなたがもし妊娠可能な年代の女性で,抗てんかん薬を服用しているのなら(あるいは,抗てんかん薬を服用していなくても),葉酸を毎日補充できるように,主治医に相談してみて下さい.

このページの最初の写真は,葉酸 5 mg 錠のフォリアミンのパッケージです.

【出典】

M.S. Yerby: Pregnancy and the Mother with Epilepsy. In J. Engel Jr. et al. (Ed) Epilepsy. A Comprehensive Textbook. Lippincott Williams & Wilkins, 2007(新しいウィンドウで表示)

局在関連てんかんは,カルバマゼピン(2008.1.31 中里信和)

【原文】

In numerous comparative studies, no other drug showed better efficacy than carbamazepine in focal seizures. Of the newer AEDs only levetiracetam may challenge the status of carbamazepine. --- C. P. Panayiotopoulos, 2007

【意味】

これまでの各種薬剤の比較試験では,部分発作に対し,カルバマゼピン(CBZ)よりも有効だった薬はない.最近登場の新薬では,唯一,レベチラセタム(LEV)だけが,これに匹敵するかもしれない.

【説明】

画像:carbamazepine

抗てんかん薬を語るにはカルバマゼピン(CBZ)を最初に取り上げなければなりません.商品名はテグレトールが代表です.  こんなに劇的に効く薬もないけれど,こんなに扱いの面倒な薬もないですね. 私の信念としては,CBZを正しく調整できる医師こそが,真の意味での「てんかん専門医」といえると思います.

12歳以上の患者さんには,一日量 200 mg(2分服)というごく少量から開始すべきです.量が多いと,メマイ・フラツキ・眠気が強くでるため,「こんな強い薬は,もう飲みたくない」と文句を言われてしまいます.この「最初は少量から」という基本原則を守らずに,一日量400 ~ 600 mg から開始する医師の何と多いことでしょう!

かといって,ずっと 200 mg で持続するのもいけません.肝臓でCBZを分解する酵素が誘導されるので,1週間もすると血中濃度が低下して効かなくなってきます.200 mg ずつ増量しながら,最終的には一日量 400 ~ 1200 mg で維持する場合が日本人では多いようです.

投与量の調節には,血中濃度が目安ですが,何よりも発作が消えたかどうかという効果の面と,患者さんがメマイ・フラツキ・眠気をガマンできるかどうか,という点が大切です.

アレルギー性の皮膚の発赤は 5-10%に出現します.かゆみや発熱も伴います.たいていは飲み始めて2-6週間以内に出現します.発赤が出たら,とにかくCBZを中止することが大切! ガマンして服用し続けると,時には命に関わる事態となります.なおCBZを中止したからといって,あわてて別の抗てんかん薬を開始すると,そっちの薬も巻き添えをくらってしまい,また発赤を引き起こしてしまうので,しばらくの間は休薬期間を設けておく必要があります.

【症例】

Kさん(10代後半の男性)から,意識がふっと途絶えて無意識行動をとる発作がありました.脳波の結果,側頭葉てんかんの診断がつき,CBZを一日量 600 mg から開始となりました.しかし翌日から激しい頭痛とメマイが出現し,物が二つに見える症状も出てきました.主治医に相談したところ,CBZは合わないとの判断にて,服薬開始3日目に中止.別の薬を開始することになったのです.

しかし,その後3年以上にわたって,合計5種類の薬を試してみましたが,無意識行動をとる発作は消えません.主治医の紹介で,Kさんは,手術治療をすすめられて,脳神経外科のある専門病院にやってきました.側頭葉てんかんは,手術で発作が消える可能性が高いのです.

手術を受けるつもりで病院を受診したのですが,最初に言われたことは,「もう一回だけCBZを試してみましょう.ただし最初は一日量200 mg の少量からですよ」という以外な言葉でした.

さてさて,今度は 600 mgから開始した時と違って副作用はありません.血液検査を見ながら毎月少しずつ投与量が増え,最終的には一日量 800 mgまで増えましたが,時々,軽い眠気がある程度で日常生活にはまったく支障はありません.何よりも,これまで週に数回起きていた無意識行動の発作が,CBZを開始してから完全に消えてしまったのです.

結局,Kさんは,手術を受けることなく,CBZの服用だけで元気に生活しています.最終発作から2年たった時点で,運転免許もとることができ,会社の営業の仕事をしています.

私の勤務する病院では,てんかんの外科治療を行っています.てんかんの外来治療をすすめられて来院する患者さんが多いのですが,このKさんのような経過をたどって,手術をしなくても発作が抑制される患者さんの実に多いこと.

CBZ はよく効く薬ではありますが,扱い方にコツがあることを,お分かりいただけたでしょうか.

【出典】

C.P. Panayiotopoulos: A Clinical Guide to Epileptic Syndromes and their Treatment (2nd Edition), Springer, 2007(新しいウィンドウで表示)

これが,初めて経験する計画的入院だ(2008.1.30 中里信和)

私がこの女に24時間モニターの入院を薦めたところ,彼女は小躍りして喜んだ.今まで誰も全うな対策が立てられず,行き当たりばったりで緊急入院を繰り返してばかりいた彼女が言うから重みがあったのだが,「これが自分が初めて経験する計画的入院だ,私はたとえそれが助けにならなかったとしても嬉しい」と言った.こんなことが言える患者が,精神病者なのであろうか.--- 長谷川寿紀「モンタナ神経科クリニック物語」の第4話「幼馴染」より.

【背景】

著者はアメリカの地方病院で勤務するてんかん専門医.50年も錯乱状態を繰り返してきた女性が,精神病の症状と説明され続けてきたのに対して,著者は過去の脳波検査が不十分であることに気がついた.睡眠脳波をとれば正しく診断できるかもしれない.そう考えた著者は,この女性に長時間脳波の検査を薦めた ...

【説明】

画像:montana

著者の長谷川寿紀先生は,私の古くからの友人です.彼が経験した患者さんの実話を集めた「モンタナ神経科クリニック物語」は,てんかんに関わる医師にとっても患者にとっても,一読に値します.

私も自分の経験をベースにして,こういう本を出してみたいところではありますが,個人情報保護の観点からは不可能だと思います.そこへいくと,アメリカで経験した話を日本語で出版できるのですから,長谷川先生はうらやましい.

ちなみに,ここで登場した女性患者は,UCLAで外科治療を受けて,錯乱発作は見事に消失し,脳波も正常化して,幸せな生活に戻ることができたそうです.ついでに,この物語の最後のページの文章も載せておきましょう.

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私がモンタナから移る少し前に,彼女は最後の定期検診に私のクリニックを訪れた.「You have changed my life.(あなたは私の人生を変えてくれました)」彼女は別れ際にそう言って私をハグ(抱擁)して,涙を流していた.

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さて,閑話休題.計画的入院による長時間脳波とは何でしょう.てんかんの診断で脳波は必須であると前にも書きましたが,通常の脳波検査は,外来で30分程度の測定を行うのが普通です.しかし,この程度の時間では,てんかんの異常波がまったく記録できないことも少なくありません.覚醒状態の脳波だけではダメで,ウトウトした傾眠状態の脳波も大切です.光刺激を加えたり,何度も深呼吸して,脳に揺さぶりをかけることも必要です.それでも異常が出ない患者さんもいます.

てんかんを本当にキチンと診断するには,発作そのものの脳波をとるのが最も確実です.普段は正常な脳波でも,てんかん発作であれば,まず確実に異常波をとらえることが可能だし,長時間の記録によって発作がなくても初めて異常波をとらえることだってあります.

残念ながら,今の日本の保険制度では長時間記録による検査は認められてはいません.てんかんの外科治療を行う上では,ビデオ撮影と脳波による発作の検査は,最重要項目と位置づけられているのに,日本の国力では,そこまで許してもらえないのです.よって私の病院などでは,外科治療になりそうな患者さんだけをやむをえず選んで,病院がかなりの費用を負担する形で長時間脳波を行っています.長時間モニタリングは,本来は治療方針を決定するためだけでも有用なのですが,それをすべての患者さんに行っていたのでは,医師や技師の体力も疲弊し,病院もつぶれてしまいます.

保険適用の拡大に向けては,学会活動を通じた活動も頑張ってはいるのですが,いかんせん国を挙げての医療費抑制運動のさなかにあっては,目標達成の望みは薄いです.

誰か,もっとチカラのある方,国を動かしてはもらえませんか?

【出典】

長谷川寿紀(著)モンタナ神経科クリニック -アメリカ僻地医療の素顔-.教育出版.2000年

患者の持つ問題は,発作だけではない(2008.1.29 中里信和)

【原文】

Problems for People with Epilepsy Beyond Seizures. --- Title of the Supplement Issue, Epilepsia 48 s9, 2007

【意味】

「てんかん患者にとっての発作をこえた問題」という,学術雑誌の特集号の表題です.

【説明】

国際てんかん連名の機関誌であるEpilepsiaは,てんかん学では最も権威のある雑誌とされています.

2006年のアメリカてんかん学会において,同じ表題での教育プログラムが企画されました.その時の講演内容を,後日,論文としてまとめたものです.

てんかんの治療では,発作を抑えることだけを考えがちになります.しかし,発作以外にも解決しなければならない問題があることを,この特集号では大きく取り上げています.

それぞれの論文であつかっている話題について,以下に,ざっと箇条書きしてみました.さらに詳しい解説は,近いうちにこのブログでも取り上げたいと思います.

<小児患者の社会的な予後>小児の学習障害は,発作が抑制されても生じうる場合があるため,きちんとしたケアが必要.

<偏見>てんかんという疾患に対する過剰な偏見は,複数の層構造を有している.患者個人の内部的な偏見,対人関係における偏見,会社や学校といった社会組織としての偏見などである.

<車の運転>てんかん発作が残っている場合,車の運転に危険が伴うことは周知の事実.しかし,法律的な規制に関しては,国や州によって差があるのが実情である.それぞれの患者さんごとに評価するのが理想だが,実際には難しい.

<てんかん手術後のリハビリ>てんかん発作が手術で消えても,それを受容できない場合も少なくない.また発作とともに育ってきた「失われた時間」への対応も簡単ではない.

<精神症状>てんかん発作の最中や,発作が終わった直後に出現する精神症状だけでなく,発作とは無関係に出現する陽性症状(妄想・幻覚)を持つ患者さんもいる.精神科の専門医によるケアが必要.

<気分障害>いわゆる「うつ状態」.治療にSSRI, SNRIといった新しい薬が導入されているが,治療に困った時には早めに精神科医に相談すべき.

<記憶障害>てんかん患者が治療のために手術を受けると,手術後に記憶障害が改善する例もあれば,逆に悪化する例もある.リハビリテーションの可能性についても議論が多い.

<痙攣傾向や痙攣抵抗性の遺伝>動物実験によって,ある種の遺伝的性質が証明されてはいるが,実際の患者さんに対する説明としては,てんかんの種類にもよる.過度な不安をあおることなく,なるべく正しい情報を伝えるようにすべき.

<自閉症>自閉症では脳波に異常所見を認めることがある.はたして,てんかんは,自閉症の原因なのだろうか,それともたんなる併存かなのだろうか.

<睡眠とてんかん>睡眠とてんかんには密接な関係がある.てんかん治療で睡眠障害が改善する患者さんもあれば,逆に睡眠障害の改善で発作が抑制される場合もある.

<骨代謝異常>抗てんかん薬の副作用として,骨代謝の異常も起こりうる.該当する薬剤を服用する場合には,定期的なスクリーニング検査を行うべきである.

<体重>体重を増加させる可能性のある薬としては,ガバペンチン,バルプロ酸が有名.逆に,体重を減少させる可能性のある薬としては,ゾニサミド,トピラマートなどがある.

【出典】

Epilepsia 48 s9, 2007(新しいウィンドウで表示)

脳波は,ちゃんとした施設でとること(2008.1.28 中里信和)

【原文】

Use EEG in qualified EEG departments. Do NOT use EEG in unqualified EEG departments (high risk of significant errors that outweigh any benefits). --- C. P. Panayiotopoulos, 2007

【意味】

脳波は,きちんとした施設で検査すること.そうしないと,かえってマイナスになる危険性が高い.

【説明】

てんかんを診断する上で,脳波は絶対に欠かすことのできない検査法です.しかし,どこで誰にとってもらっても良い,というわけにはいきません.脳波は歴史の長い検査法ですが,測定や判読が難しく,専門家に任せるべきなのです.スイッチポンで,脳波は検査できません.

まず,検査を依頼する側(医師)が,検査の目的をキチンと技師に伝える必要があります.ひとくちに脳波といっても,病気に応じてとり方がいろいろあるからです.

次に,検査技師がきちんと電極をつけて,患者さんの様子を観察しながら,目的に応じた検査を進めていく必要があります.へたな電極のつけ方では雑音で脳波が乱れます.技師は,検査中の患者さんが眠っているのか目を覚ましているのかを,常に意識しておく必要もあります.異常な波が疑われたら,その異常がハッキリ確認できるよう,測定の条件を工夫する必要もあるのです.

最後に脳波の判読ですが,きちんと脳波を読める医師の数は,昔と比べると,少なくなっているようです.CTやMRIなどの最新の画像診断が進歩した今日では,脳波は古い検査と思われて敬遠されているのでしょうか.欧米では大学病院クラスになると,十数名を超える脳波技師や,同じ位の数の脳波判読医をかかえている病院も少なくありません.日本では,脳波をきちんと測定できる技師たちがいても,「当院には,きちんと脳波を読んでくれる医師がいないのです」と嘆いているような病院が少なくありません.

脳波を読めないのはまだ許せるとしても,脳波を読みすぎてしまうのは大変な罪です.次に示す「実例に近い話」をごらん下さい.

なお,日本臨床神経生理学会(旧称・日本脳波筋電図学会)では 2006年から,認定医・認定技師の制度を発足しました.2006年と2007年の認定結果については,同学会のホームページで確認できます(ここをクリック(新しいウィンドウで表示)).ただし,資格があっても必ずしも全員が脳波に詳しいとは限りません.逆に,認定されていない専門家もたくさんいます.てんかん認定医もそうですが,脳波の認定医・認定技師の場合でも,資格はあくまでも目安です.

【症例】

Sさん(20代後半の女性)は,仕事中に一瞬,気を失って倒れ,近くの脳外科専門病院に搬送されました.脳波の検査で「異常な波が出ています.抗てんかん薬を飲みましょう」と説明され,治療が開始となりました.3年後,「薬を飲んでいるので妊娠してはいけません」とも言われてショックを受け,別のてんかん専門病院を受診しました.

よくよく話を聞いてみると,倒れた前夜は徹夜に近い状態であり,しかも風邪で熱も出ていたそうです.脳波をとりなおしてみても異常波は認められません.てんかん専門病院では悩んだあげく,最初の脳外科病院に手紙を書いて,最初にとった「異常な脳波」を貸してもらうことにしました.その脳波を見直すと,なんと睡眠時の正常な波の上に鉛筆で印がつけてあり,これを異常と判断していたのでした.

最初の失神は,いわゆる「立ちくらみ」の可能性が高いこと,てんかんかどうか悩んだ時には治療を開始しないのが原則であることを患者さんに説明し,薬を中止しました.その後もSさんの発作は再発せず,脳波にも異常は出ていません.

ちなみに,抗てんかん薬を服薬すると赤ちゃんに奇形が生じる可能性はゼロではありませんが,葉酸というビタミン剤を毎日服用するなど注意点を守っていれば,妊娠しても問題のないことが多いのです.Sさんの場合,前医の言われるままにしていたら,一生後悔していたかもしれません.

脳波は読みすぎないこと,悩んだら治療を開始しないこと,この二つはとても大切です.

【出典】

C.P. Panayiotopoulos: A Clinical Guide to Epileptic Syndromes and their Treatment (2nd Edition), Springer, 2007(新しいウィンドウで表示)

医師がてんかんなら,どう治療する?(2008.1.27 中里信和)

【原文】

Physicians with epilepsy (physician-patients) are an understudied, unique patient population due to ... their ability to modify treatments without consulting treating physicians. --- J. W. Allen, et al. 2007

【意味】

てんかん患者である医師を調べた報告は,これまでなかった.患者である医師は,自己流で治療を変更する危険性がある.

【説明】

この論文では,てんかん患者である医師を診療した経験を,報告しています.医師である患者が,自己流で薬を処方するのは危険であると,警鐘を鳴らしているのです.

医師の多くは自分の「てんかん」をなおせると考えているのでしょう.とすれば,自分の家族がてんかんになっても,自分でなおそうと考えるでしょうし, 当然のことながら,一般の患者さんに対しても,「てんかんの薬ぐらいは専門外の自分でも処方できる」と信じているに違いありません.こうした問題は,アメリカでも日本でも同じと考えられます.

私は脳神経外科医ですが,もし自分の血圧が高かったり,コレステロールが高かったりしたら,きっと自分で薬を処方してしまうと思います.腰痛があれば,間違いなく鎮痛剤を処方するでしょう.でも,「てんかん」だったとしたら ...

医師免許には強力な権限があり,これさえあれば,どんな種類の病気でも診療して良いことになっています.脳外科医がお産を担当することはさすがにないとは思いますが,てんかんの診療に関して言えば,どんな科の医師であっても,過信にもとづいて診療してしまう可能性は大いにあるのです.

それでは,てんかんを疑われる場合には,誰にみてもらうのが良いのでしょうか.一般的には,子供なら小児科,大人なら精神科,神経内科,脳神経外科,などを考えるでしょう.でもこうした科の医師が,かならずしも「てんかん」を専門にしているとは限りません.日本てんかん学会では,認定医(臨床専門医)という制度を発足させており,その氏名はウエブサイトにも掲載されています(ここをクリック(新しいウィンドウで表示)).その数のなんと少ないことか! しかも,認定医の分布にはムラがあるため,自分の近くに一人も見いだせない患者さんも多いと思います.

それでは,日本てんかん学会認定医であれば,まかせて大丈夫でしょうか? いえいえ,そうとも限りません.この制度はまだ歴史が浅いため,私も含めて多くの認定医は,試験を受けずに書類審査だけで資格をもらっているのです.それに,たとえどんな専門家であったとしても,知識にはかならず限界があり,得意分野とそうでない分野があるはずです.

逆に,てんかん診療に詳しい専門家であっても,諸事情から認定医の申請をまだ行っていない医師もたくさんいます.患者さんとしては,主治医の資格などの有無はあくまで目安としておき,まずは自分が納得できる説明をしてくれる先生かどうかを,自分の目と耳で確かめることが大切です.

【出典】

Allen JW, Devinsky O: Treatment of physicians with epilepsy. Neurology 69: 1374-9, 2007(新しいウィンドウで表示)

中途半端な診断は,つけない方がマシ(2008.1.27 中里信和)

【原文】

Unspecified diagnosis in epilepsies commonly results in avoidable morbidity and sometimes mortality. --- C. P. Panayiotopoulos, 2007

【意味】

中途半端な診断は,てんかんを悪化させることが多く,時には命にかかわる事態をも引き起こす

【説明】

てんかんには多くの種類があり,それによって使う薬のタイプや生活指導も異なります.もし主治医が「 あなたの病気はてんかんです」と簡単に説明しただけの場合は,患者さんはパニックとなって不要な心配で悩んだり,別の種類のてんかんの知識で誤った行動をとってしまう可能性があります.何よりも,主治医が間違った薬を処方すれば,発作はなおらず,副作用も出てくるかもしれません.

主治医が患者さんに病気を説明する際には,たんに「てんかんです」と伝えるだけでは不十分どころか,百害ありと,この言葉は伝えています.診断を告げる場合には,てんかんの種類がどのようなものなのか,どんな治療が良いのか,生活上どのようなことに注意すべきか,今後どのような経過をたどる可能性があるのか,などを含めてきちんと説明しなければ,患者さんの利益にはならないのです.

繰り返しになりますが,てんかんの治療では,その患者さんが局在関連てんかん(=部分てんかん)なのか, 全般てんかんなのかを,きちんと鑑別(=区別)することが大切とされています.これによって,効く薬がまったくちがうからです.残念なことに,多くの医師はこの鑑別を忘れています.時には脳・神経系の専門医であっても,この区別を考慮していない場合もあるのです.

てんかんの診断でもっとも大切なのは,病歴の聴取(=患者さんや家族,あるいは発作の目撃者から,詳しい話を聞き出すこと)です.脳波の検査も必ず行う必要があります.頭部CTやMRIなどの画像診断も大切ですが,こうした写真ではまったく正常なてんかんは少なくありませんから,診断機器のみに頼りすぎるのは考えものです.

【出典】

C.P. Panayiotopoulos: A Clinical Guide to Epileptic Syndromes and their Treatment (2nd Edition), Springer, 2007(新しいウィンドウで表示)

小さな発作を,見逃していませんか?(2008.1.27 中里信和)

【原文】

Minor seizures are more important than major ones for diagnostic procedures, correct diagnosis and appropriate management strategies. --- C. P. Panayiotopoulos, 2007

【意味】

小さな発作は,大きな発作よりも大切です.小さな発作を知ることで,正しい診断がつき,適切な治療を計画できるからです.

【説明】

てんかんの治療では,その患者さんが局在関連てんかん(=部分てんかん)なのか, 全般てんかんなのかを,きちんと鑑別(=区別)することが大切とされています.これによって,効く薬がまったくちがうからです.残念なことに,多くの医師はこの鑑別を忘れています.時には脳・神経系の専門医であっても,この区別を考慮していない場合もあるのです.

いわゆる「ひきつけ」と呼ばれるような大きな全身けいれんは,どちらのてんかんでも起こりえます.大きな発作があるだけでは,診断の役には立たないことが多いのです.小さい発作が大切という理由はここにあります.

実際,けいれん以外のてんかん発作もたくさんあります.たとえば,音・光・しびれ・恐怖感などが突然にでてくる発作があります.それから,ボーッと動きをとめて一点を見つめていたり,無意識に行動してしまう発作もあります.一瞬だけ,体をピクンとさせたり,手に持っている物をポトンと落とす発作や,突然ストンと転んでしまう発作もあります.こうした小さい発作を知ることは,てんかんを診断する上で大切な手がかりとなるのです.小さな発作を調べずに,大きな発作のことだけを聞いて,まちがった薬を出してしまう医師は少なくありません.

あなたがもし患者さんなら,主治医にたずねてみましょう.「私のてんかんは,局在関連てんかんですか? それとも全般てんかんですか?」と.この鑑別は難しい場合も少なくありませんが,てんかん専門医であれば,どうして難しいのかという理由も教えてくれるでしょう.きちんと説明してくれない場合には,「てんかん専門医に紹介して下さい」と, ハッキリお願いする勇気も必要です.

【症例】

Yさん(10代前半の女性)は,ある朝,ふとんの中で全身けいれんをおこし,救急車で病院に搬送されました.今回がはじめてのけいれん発作です.来院時には意識は回復し,神経症状もなく,頭部CTも正常だったため,いったん帰宅となりました.数日後の脳波検査では覚醒・睡眠ともに正常でした.

再来時に,脳波を読んだ専門医が,病歴を再度聞き直しました.今回初発した全身痙攣の前に,上腹部がムカムカして先に目が覚めていた,との本人の話です.専門医が「ふだんの朝でも,おなかがムカムカすることはありませんか?」と質問したところ,7年前からほとんど毎日,早朝に上腹部不快感があって目が覚めていた,との母親の話.複数の大病院の消化器内科で胃カメラの検査を何度も受けてきたが,原因は不明と言われていたとのこと.

MRIや脳波も含めて,すべての検査結果が正常でしたが,上腹部不快感の発作は,局在関連てんかんの中でも内側型側頭葉てんかんを強く疑わせるため,本人と母親によく説明した上で,試験的にカルバマゼピン200 mg/日を処方.その翌日から,それまで毎朝おきていた腹痛がピタリと止まり,本人も家族も大喜び.

後日談.カルバマゼピンをきちんと継続していたものの,数年たってからYさんは自己判断で薬を中止しました.案の定,再び上腹部不快感と全身けいれんを引き起こして,再度の受診となりました.その時点の脳波では,側頭葉てんかんを示唆する所見あり,再びカルバマゼピンの内服が開始されています.

この症例では,大きな発作(全身けいれん)だけでなく,その前兆となった上腹部不快感や, 全身けいれんとは無関係に引き起こされていた毎朝の小さな発作を聞き出せたことが,診断の決め手になったと言えます.胃カメラ検査を繰り返していた消化器内科の先生にとっては,てんかんという病気はまったく念頭になかったでしょう.

【出典】

C.P. Panayiotopoulos: A Clinical Guide to Epileptic Syndromes and their Treatment (2nd Edition), Springer, 2007(新しいウィンドウで表示)