てんかん学分野・てんかん科 ようこそ

てんかんと聞くと,多くの患者さんはとまどいますが,アキラメる必要はまったくありません.
てんかんについて,多くの医師はアマく考えがちですが,専門知識なしでは治療ができません.
「きょうのてんかん」では,医師と患者に一緒に読んでもらいたい「珠玉の言葉」を選びます.

手術を受けた豪ラグビー界「キング」(2010.10.27 中里信和)

画像:Wally Lewis

【原文】

I felt tired and sore and a bit unsteady, but I mostly felt relieved and quite excited. I was confident I'd begun a new, better life.

【意味】

少々疲れて痛むしフラフラもしたけれど,何よりホッとして興奮したよ.これから新しい人生,より良い人生が始まるんだと,確信したからね.

【説明】

ウォーリー・ルイス(Wally Lewis 1959年12月1日生まれ)は,オーストラリアのラグビー界のスター選手・名コーチ.あだ名は「キング」あるいは「ラング・パーク(ラグビー競技場)の帝王」.オーストラリアの国民的ヒーローと言われています.日本で言えば,王貞治,長嶋茂雄,イチロー,大鵬,山下泰裕,といったところでしょうか.

2006年11月30日,ルイスはテレビでスポーツ解説の最中に,てんかん発作を起こしてしまいました.オーストラリアの全国放送でオン・エア中でしたから,彼がてんかんであることが,国中に知れ渡ってしまったのです.その後,抗てんかん薬による治療が開始されましたが,てんかん発作を抑えることはできませんでした.2007年2月21日,ルイスは手術を受けることになりました.ここに掲載した言葉は,ルイスが麻酔から覚めた時の感想です.

ルイスの発作は,手術後に完治しました.国民的ヒーローのルイスは,その後,てんかんの啓発活動に積極的に取り組んでいます.先週,メルボルンで開催されたアジアオセアニアてんかん学会の際,同時に開催された患者さんの会において,ルイスは講演を行いました.タイトルは「私のたどった道(My Journey)」です.

てんかんに対する社会の偏見・誤解が大問題になっていますが,有名人が病気を公開することによって,偏見や誤解が少なくなることはよく知られています.ラグビーにおける国民的ヒーローが,今度は病気の偏見をとりのぞく活動を始めたのです! 私も日本の有名人で,てんかんになっている方の名前は幾人か知っていますが,個人情報ですから公開はできません.もし,そうした方が勇気をもって自分の病気を公開してくれたなら,社会的なインパクトは大きいのではないかと期待されます.

ルイスは最近,自伝「Out of the Shadows」を出版したとききました.残念ながら,現時点で私はこの本の情報を入手していませんので,どなたかご存知でしたら教えてくれませんか? 彼のこのセリフは,本日更新されたオーストラリアのニュースサイト「couriemail.com.au」から引用させてもらいました.このサイトでは,手術を終えたばかりのルイスの写真が掲載されています! 我らがヒーロー,ウォーリー・ルイスに大拍手!!!

【出典】

Wally Lewis and his fightback from epilepsy. Couriermail.com.au(新しいウィンドウで表示)

てんかんの子がいてクラスがまとまる(2010.10.08 中里信和)

【原文】

担任の先生とは入学後すぐ面談をお願いし,このときに「以前小学校で発作のある児童を担当したときに,その子に発作があると皆が助けたりしてクラスがよくまとまったので,そのような学級運営をしたい.そのためには,病名は言わないまでもある程度クラスの皆に病気のことを伝えたい」というお話があり,お任せすることにしました.

【説明】

日本てんかん協会の月刊誌「波」に掲載された患者さんの親御さんの体験談の中から,担任の先生がおっしゃった勇気あるすばらしい言葉を取り上げました.

てんかんという病気に対しては,偏見や誤解が多いことが大きな問題となっています.小学校や中学校においても同様です.大きな発作があると,クラスの皆が大騒ぎとなり,先生方も慣れていないと子供たちと一緒にパニックになるかもしれません.先生がパニックになると,子供たちはもっと大騒ぎになり,てんかんというのは大変な病気だ,という考えが必要以上に浸透してしまいます.クラスの中での特別扱いが,差別や偏見として育っていくこともあるのです.

これを防ぐには何よりも担任の先生の落ち着いた態度が重要です.発作で命が奪われるようなケースはきわめて稀ですから,発作の直後はまずは冷静に.患児の周囲の安全確保につとめましょう.発作時の正しい対応のためには,患児の病気に関しての基本情報の把握も重要です.保護者は主治医から病気の説明を受けますので,その情報は是非とも担任に伝えておくべきです.発作がおきたときのクラスメートの混乱を避けるためには,病気を隠すのではなく,むしろあるていどの説明をしておくことの方が重要と思います.病気の告白は勇気がいることですが,隠していて混乱や誤解を招くよりも,きちんとした説明をすることによってクラスの中での誤解や偏見を避けることが期待できます.発作時以外には普通の子とまったくかわりはないんだ,ということを子供たちが理解することは重要です.大きくなってからも,病気に対する偏見や誤解をもつことがなくなると期待されます.

学校によっては,てんかんの児童を必要以上に特別扱いしたり,事故を恐れるあまり学校活動などに制限を加え過ぎることがありえます.ここでとりあげた先生の言葉は,本当に有り難いことなのです.

【出典】

千葉M・Nさん,体験談(親の立場から)恵まれた学校生活のために.波 34(9): 262-263, 2010年9月号

抗てんかん薬は自殺リスクと関連せず(2010.09.28 神 一敬)

【原文】

The current use of antiepileptic drugs was not associated with an increased risk of suicide-related events among patients with epilepsy, but it was associated with an increased risk of such events among patients with depression and among those who did not have epilepsy, depression, or bipolar disorder.

【意味】

抗てんかん薬の服用は,てんかん患者における自殺関連事象リスクの上昇とは関連していなかった.しかし,うつ病患者や,てんかん・うつ病・双極性障害のいずれでもない患者においては,自殺関連事象リスクの上昇と関連していた.

【説明】

てんかんの患者さんにおける自殺リスクに関してはこれまで多くの報告があります.てんかんの早期発症・女性患者・精神疾患の合併・側頭葉てんかん・不十分な経過観察などがてんかん患者さんの自殺リスクに関連すると言われています.特にうつの合併がてんかんの患者さんに多いことは広く知られており,自殺と関連する重要な要因です.

一方,2008年に米国食品医薬品局(FDA)から抗てんかん薬が自殺リスクを高めるのではないかというショッキングな報告がありました.すなわち,自殺関連事象(自殺そのもの、自殺企図)のリスクが,抗てんかん薬を服用している群(0.43%)では服用していない群(0.22%)の2倍になるという結果が公表されたのです.

イギリスのデータベースを基にした今回の報告は,2008年のショッキングな報告とは反対に,抗てんかん薬服用はてんかん患者さんの自殺関連事象リスクとはならないとする報告です.この結果に基づけば,自殺関連事象に対する抗てんかん薬の影響は特に注意する必要はないと言うことができます.

一部の専門家はFDAに対して警告を取り下げるよう主張しています.しかし,うつ病患者さんなどでは抗てんかん薬服用が自殺関連事象リスクの上昇と関連していたという結果が出ているため,引き続き十分な検討が必要だと思われます.実際には各々の患者さんの診断・合併症,抗てんかん薬の種類に応じて,対処していくことが重要です.

【出典】

Arana A, et al.: Suicide-related events in patients treated with antiepileptic drugs. N Engl J Med 363: 542-551, 2010(新しいウィンドウで表示)