電磁気神経生理学共同研究講座(リコー) きょうの脳磁図

2007.11.30

「第1回国際臨床脳磁図学会がおかげさまで無事終了しました」

画像:第1回国際臨床脳磁図学会

2007年8月27日から30日まで,松島にて第1回国際臨床脳磁図学会(ISACM 2007)が開催されました.脳磁図の臨床応用に的を絞ったユニークな会です.1年未満の準備期間だったにもかかわらず,200名超の参加者と演題100を得ることができ,活気ある学会を持つことができました.参加者の会場での真剣な表情と,ソーシャルプログラムでの笑顔とを,アルバムを眺めながら懐かしく思います.

ISACM 発足の経緯

脳磁図の研究発表の場は,黎明期においては工学系の学会が中心でした.1972年に発足した国際生体磁気学会(BIOMAG)はその代表であり,工学系の研究者が主体であとから生理学系の研究者が加わって発展してきました.脳磁図は生体磁気研究の一分野であり,臨床応用となると大きなBIOMAGのごく一部という位置づけです.その後,ヘルメット型脳磁計の登場や,我が国での保険適用の承認を得て,脳磁図の臨床応用が本格化したかに見える現在ですが,臨床脳磁図を専門とする学会はまだ存在していませんでした.

ISACMは,ギリシャで2005年に開催された予備会議と,2006年8月のバンクーバーでのBIOMAGを経て,新しく誕生した学会組織です.任期2年の理事を選ぶ投票の結果,日本関係者として私(理事長),鎌田,橋本,大坪の4名が選出されました.10名の理事の4名が日本人であり,脳磁図研究の推進役に日本の貢献度が高かったことを表していると思います.

ISACM 2007本番

画像:カメラマン

第1回大会は,私,Papanicolaou,鎌田の3名の共同会長によって運営されました.8月27日には理事会が開催され,小委員会のテーマごとに議論が交わされました.特記すべきは,橋本委員長が統括するガイドライン委員会です.国際ガイドラインの原案は,日本臨床神経生理学会の小委員会が作成したガイドラインをベースに作成されております.翌28日から30日までは講演とポスターのセッションです.

今回の第1回大会の運営にあたり意図したのは,臨床脳磁図を携わる研究者の identity の確立です.理想的にはすべての脳磁図施設が,同じレベルで臨床応用分野を広げていくことが重要と考えたためです.企画した10個のシンポジウムには,奇をてらわず,てんかん診断や脳機能マッピングといった脳磁図臨床応用のスタンダードを主たるテーマとして選びました.参加者全員が脳磁図臨床応用の現状を広く共有することが目的です.加えて,新分野の開拓という観点から,精神疾患,脳卒中,病的なoscillation を採り上げました.

ポスターセッションと機器展示は,あえて講演会場の内部に設置し,講演中は講演に,ポスターセッションにはポスターのみに集中できるよう配慮しました.全員の話を全員で聞いて欲しい,という願いです.

期間中,カメラマン2名がピエロあるいはパパラッチとして動き回り,撮った写真をすぐに印刷して被写体となった参加者に配布しました.これが大変な売れ行き(無料)だったようです.28日夜のレセプションは,松島湾を展望するベストの場所で開催し好評でしたが,見えるはずだった皆既月食は雨に見舞われ,演出を計算した私は残念でたまりません.それでも,29日午後の松島湾クルーズや,30日夜の庭園でのアペリティフには雨も上がり,松島湾の潮風を楽しむには最高でした.最終日夜のバンケットは,一切の挨拶なしでスタートしたのですが,デザートの頃にPapanicolaou次期会長の掛け声があり,全員が standing ovationという場面で,私はウルウルの瀬戸際に相成りました.

ISACMのこれから

画像:ISACM

ISACMの学術集会は西暦奇数年での隔年開催を予定しています.Papanicolaou次期会長は2009年9月に,生まれ故郷のギリシャでの第2回大会の開催を予定しています.また西暦偶数年に開催のBIOMAGでは,サテライトとしてISACM総会を開催する予定です.BIOMAGの時期は,理事を改選する選挙が実施されます.つまり,臨床脳磁図の研究者はISACMとBIOMAGを合わせ,毎年夏に集合しようというわけです.またISACMでは,学術集会のみならず小委員会を中心とした継続的な事業も重要視しています.皆様からの,今後のご支援ご鞭撻を心よりお願い申し上げます.

アクセス先

ISACM2007(新しいウィンドウで表示)
ISACM2007本部【建設中】(新しいウィンドウで表示)

2005.01.10

「全般と局在」

先日,ある民間会社による「てんかん薬選択に関するアンケート調査」というのががあった.冒頭の設問は「あなたが使う抗てんかん薬を使用頻度の多い順から選んで下さい」.次の行を読んで愕然とした.なんと,全般発作と部分発作のそれぞれにわけて記入して下さい,とのこと.専門家が監修したはずの設問だと考えられるのだが,多くの一般医が持っている誤解が,そのままアンケートに現れているのである.抗てんかん薬は,発作型よりも病型分類で選択することが重要なはずなのに,アンケートの質問では発作の型で治療薬を選択することになってしまっている.

一般的には,全般性てんかんの治療にはバルプロ酸が第一選択であり,局在関連(部分)てんかんにはカルバマゼピンやフェニトインが良く効く.逆の使用では効果が少ないどころか,発作をかえって増やす場合もありうるのだ.

残念ながら日本では,全般発作にはバルプロ酸が第一選択と誤って解釈している医師がとても多い.大きな発作(ひきつけ)の患者さんの多くはまず救急病院に搬送される.その後,てんかん専門医が診察した上で治療の必要の有無や薬剤の選択を行うのであれば良いのだが,専門外の医師が抗てんかん薬を最初に処方することが日本ではきわめて多い.大きな発作にはバルプロ酸,となるわけである.よくよく病歴を聞いてみたり,あるいは脳波所見をあわせて考えると,局在関連(部分)てんかんが二次性全般化をおこして大きな発作(ひきつけ)に至ったものと判断できる場合も少なくないのである.

小さな発作もくせものである.ぼーっとして一点を見つめる発作には,欠神発作(専門用語としての「小発作」)と,複雑部分発作などがあり,前者は全般性てんかん,後者は局在関連てんかんに分類されているからややこしい.患者さんが大きな発作と区別する意味で小さな発作と呼ぶのは良いとして,一般医師や脳神経の専門医までが,複雑部分発作を「小発作」と呼ぶことさえあるのは大きな問題だ.

と,エラそうにここまで書いてはきたものの,全般てんかんと局在てんかんの区別はとても難しい.発作を目撃しても,あるいは脳波を記録していても,両者を区別できないこともあるのだ.国際てんかん連盟の分類・作業部会による下記の意見はもっともだ.

…「部分性」または「局在関連性」対「全般性」異常の概念に基づいた二分法分類は,てんかん発作あるいは症候群が一側大脳半球に限局した障害によるのか,あるいは全脳を巻き込んだ障害によるのか,その何れか,という誤った印象を与えてきた.焦点性と全般性のてんかん原性機能障害との間には多様な病態があり,その中にはびまん性半球異常、多焦点性異常,および対称性限局性異常が含まれる.部分性と全般性てんかん原性という区分は,症候群よりも発作現象についてより価値がある概念であるが,その何れかの範疇に全ての発作と症候群を当てはめようとする試みは,不適切であるばかりか有用でない.<日本てんかん学会「分類・用語委員会」訳より抜粋>

さてさて,ここまでは前置きで,以下が本論だ.頭皮脳波では,局在関連てんかんでも左右の両側に同期した異常な突発波が出現する場合があり,二次性同期発射と呼ばれている.全般性てんかんの両側同期発射との識別が困難な場合が少なくない.左右の電気活動が頭皮上では重なり合ってしまうためである.そこで空間識別度の高い脳磁図が登場.脳磁図は左右半球の活動を識別するのはもともと得意技.どちらが一瞬早く出現するかを言い当てることができるので(Yu他 2004年(新しいウィンドウで表示)Tanaka 他 2005年(新しいウィンドウで表示)),薬物治療や外科治療の選択に役立つ場合がある.

2004.12.25

「臀部と肘を区別する」

簡単なことを区別できない人間を指して,英語では「あいつはヒジ(elbow)とケツ(arse)も区別できない」と慣用表現するらしい.イギリスのFisherらが出した論文のタイトルは「あなたは臀部(clunis)を肘(cubitus)から区別できるか?(BMJ 329:1492, 2004)」であった.身体部位としては,臀部と肘は離れているが,脳の中では臀部と肘の体性感覚野はかなり近接している.脳磁図の分解能でこの二つの知覚領域を識別できるかどうかが,本論文のテーマである.脳磁図を知っている人なら仕掛は簡単.電気刺激で肘と臀部に電気刺激を行う.脳からの信号を平均加算すると体性感覚誘発磁界が得られる.得られた信号源を双極子モデルで推定してMR解剖画像の上にのせる.二つの部位の体性感覚野は統計的には重複せずに違う部位として識別できる.しかもPenfieldが脳の電気刺激の知見をもとに作成した有名な脳機能の地図にピッタリと一致している.論文の最後のコメントは「我々の非公式な観察によると,3名の被験者のうち1名(イニシャル IEH)は肘と臀部を区別できていないにもかかわらず,脳磁図はキチンと区別していた」であった.IEH とは,どう考えたって共著者の大先生である.イギリス人だなぁ,まったく.

私は著者にメールを出して伝えた.「私が英語のネイティヴだったら,以前の自分たちの研究論文(Nakagawa 他 1998年(新しいウィンドウで表示))には,足首とオチンチンを区別できますか? というタイトルをつけだろうに,悔しいね」と.Fisherからは,すぐに返信があって「だったら,そのタイトルを使って次のヒト脳機能マッピング学会のシンポジウム企画を共同提案しようか」と.

それにしても本当に脳磁図はすごい.脳の中では,手の指も1本ずつ区別できる(Ohtomo 他, 1996年(新しいウィンドウで表示))し,舌と口唇も違う場所(Nakahara 他, 2004年(新しいウィンドウで表示))である.最後になってしまったが,このFisherらの論文の副題は「ベンチマーク(性能比較)テスト」となっていて,脳磁図では肘と臀部の識別は簡単だが,機能的MRIやポジトロンCTでは難しいはず,と言っている.

2004.05.08

「皮質形成異常の内部に存在する脳機能」

胎生期の異常によって,大脳皮質における神経細胞の配列が本来あるべき姿とは大きく異なってしまう疾患群がある.疾患概念が確立される途上にあるため種々の呼び名があるが,一般にはNeuronal Migration Disorder(神経細胞の遊走異常)とかCortical Dysplasia(皮質形成異常)などと呼ばれている.臨床的には,てんかんの原因として特に注目されており,他の器質的疾患(たとえば脳腫瘍)などと異なり,病変内部の神経細胞さえも,てんかん性の活動を有していると言われている.それだけではない.この異常な大脳皮質は,本来あるべき脳機能さえも有しているのである.脳磁図は大脳皮質の機能を評価する上で優れた検査法であり,皮質形成異常の内部に由来する脳機能をも次々に明らかにしている.ヒューストンのIshibashiら(Neurol Res 2002;24:459)は片側巨脳症の大脳皮質の内部から体性感覚誘発磁界が出現していることを報告しているが,対最近,ヘルシンキのPaetauら(J Neurol Neurosurg Psychiatry 2004;75:717)は,シルヴィウス裂周囲に両側性にある多小脳回の内部からも体性感覚反応と聴覚反応も記録した.われわれの最近の研究でも,大脳半球全体のサイズが小さいタイプの半球性多小脳回の内部から異常な体性感覚誘発磁界が出現していることが示された(Ishitobi 他, 2005(新しいウィンドウで表示)

もちろんこうした異常な大脳皮質に由来する脳機能は正常であるはずはなく,反応の潜時が遅れていたり,信号の位置がずれていたり,電流の方向がねじれているなどの異常がある.とはいえ,臨床的に最も重要なのは,この異常な脳構造が,重要な大脳機能を保持しつつ,てんかん性異常波の起源にもなりうるという点である.薬剤抵抗性のてんかん症例において外科治療を考慮せざるを得ない場合,正常な機能を温存しながら異常なてんかん脳を切除する必要があるが,皮質形成異常の症例にてんかん外科手術を行う場合は特に難しい判断が必要になるであろう.脳磁図は,術前に異常な機能と正常な機能をきちんと局在診断できるという点で,その活躍が期待されている.

2004.04.22

「中国語は別もの?」

中国語の発音ではトーンの持つ意味的要素がインドヨーロッパ語と比べて大きい.その差が脳磁図を用いた言語検査に出るらしい.最近発表された研究(Neuropsychologia 42:967, 2004)で,著者らは母国語が中国語,スペイン語,アメリカ英語である健常人(それぞれ30名,20名,42名)を被験者として,すでに臨床的にも用いられている「話し言葉を認知させるタスク」での誘発磁界を測定した.スペイン語,アメリカ英語を母国語とする被験者では,側頭・頭頂反応がこれまでの報告と同様に左半球で優位であったが,中国語を母国語とする被験者では左右差が著明に減少していた.この言語による違いは早い潜時で出現していることから,意味的処理より前の音韻処理の段階で出現している点が注目される.中国語では,話し言葉を処理する際に右半球が大きく貢献しているらしい.

われわれは日本語で同様のタスクをもちいた脳磁図検査を行っているが,アメリカ英語におけるこれまでの研究結果と同様の左半球優位性が観察されている.やはり中国語の四声は特別なのかと思う.ちなみに筆頭著者のChristina Valaki先生はギリシャ出身の女性であるが,ギリシャ語はもちろん,英語,スペイン語,フランス語,イタリア語などの多くのヨーロッパ語に加えて,なんと中国語と日本語も話せるスーパーマルチリンギストである.ちなみに,私が知っている限りで言えば,マルチリンギストの多くは女性である.

2004.03.25

「光磁力計は SQUID(超伝導干渉素子)を超える?」

この表題に YES という Kominis らの研究(Nature 422: 596, 2003)に対して,最近,Wikswo からの反論(Wikswo JP. Physics Today 57(2): 15, 2004)が出された.骨子は,SQUID の感度とされている値 1 fT/Hz1/2 は理論的な限界ではなく,実際的の測定時に問題となる装置の熱雑音に基づいた値であり,また環境雑音や脳自身が発しているさまざまな雑音の影響で,物理的な感度だけを問題としても実際的ではない,という理由である.感度だけであれば,マイクロ SQUID では10-17 T/Hz1/2 という値も報告されている.Kominis らは,超伝導シールドを用いれば外部環境雑音は理論的にゼロにできるとしているが,脳磁計自体が発する雑音や,被験者が発する雑音をシールド室の内部で除去することはできない.センサーコイルの直径を小さくすれば雑音レベルは下がるという Kominis らの意見に対して,いくらセンサーを小さくしても,センサーと脳との距離を縮めることが出来なければ意味がないというのも Wikswo の反論である.対象とする脳活動の空間的な広がりを考えると,磁力計のセンサーのみを論じても実際的ではない.また Wikswo は,光磁力計の動作温度は摂氏 180 度であり,熱雑音という意味からは極低温(摂氏マイナス270度付近)で作動する SQUID の方が有利なのは当然,としている.